昭和が人生の半分くらいという方から、幼少期10年くらいが昭和でしたという方まで比較的幅広い世代の方にご参加いただき、いろいろな「昭和」のイメージが交されました。
育った場所も熊本、福岡、岡山、兵庫、東京、石川、宮城など様々な地域の方があり、世代や地域によって異なる、それぞれの「昭和」をまず知りました。
テレビで相撲やプロレスの試合をみんなで観戦したり、その後テレビが家にやってきた思い出や、漫画やゲームなど子どもの娯楽も種類が少なく、1つのものをひたすら掘り下げたり、のんびりと時間が流れていた。みんなが同じ物を追いかけて楽しんでいた、東京を追いかけていた時代だったな、などなど。
遊び場も、隣近所のお庭や敷地を自由に動き回って遊んでいた人と人とののどかな関係性があったことや、河川敷での遊びなどからは自然ももっと身近だったことから「よき」時代を感じたり。
また一方で校則が厳しく、抑圧的だった学校生活。成長一直線、頑張れば報われる的な価値観。男女の役割、一律な価値観。それは戦後復興には貢献したけれど、今、多様性や弱者少数者の意見も受け止めていこうという価値観が大切にされるようになってきて、いまだに残る「昭和的価値観?!」がまだ「よからぬ」影響力を持っていることを感じたり。
また、熊本県益城町から参加の方からは、震災で住宅が壊れ、集落約120戸の内の2/3が建て替え(中)、新しい住宅は機能性が高まり、暑さ寒さの影響を受けにくい構造でとっても快適。でも、密閉性が高く、以前のように鍵を開けっ放しということもなくなり、家と外との「壁」が文字通り高くなってしまった感じ。
気楽に隣近所の人が訪ね合うような、おしゃべりできるような場所ではなくなってきている。地域力がどんどん削がれている感じがしている。と言ったお話もありました。
気楽に交流できる場所を個人の住宅ではなく、共通の場所として作る「芝の家」のような場が必要になってきているのかもしれないですね。芝の家ってどんな場所ですか、とご質問もいただき、始まった当初はそれこそ『昭和の地域力再発見事業』としてスタートした経緯などもお伝えできました。
「昭和の価値観」ってなんでしょうね。
もう少し踏み込んで話してみたいね、という気持ちにもなってきたあたりで今回はお開きに。
受け継ぎたい「よき昭和」を再認識しつつ、「よからぬ昭和」については蓋をせず、もう少し掘り下げてみることが、きっと多様性を認め合い、自由な未来に向かっていく、いいきっかけなのでは、そんなことも思う「昭和の日」の朝でした。